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理論と実践

ここ数日も寒さの厳しい日が続きましたね。絵文字名を入力してください
私はまたまた風邪をひいてしまい、何枚もカイロを貼り付けながら仕事をしています。同僚の先生方からは「働きすぎなのと違う?」と言われ
・・・そうなのかなあ~

今月は修士・博士課程の入学試験と修了試験に関する仕事でかなり忙しい月です。 
忙しいながらも、改めて社会人大学院の面白さと意義を感じています。
私の属する大阪市立大学創造都市研究科は、社会人しか入れないユニークな大学院です。
世の中には社会人も入れる大学院はありますが、うちの大学院はその逆で、社会経験(3年以上)のない方は原則入学資格がありません。
机上の空論ではなく実践的な研究、社会の問題を解決できるような大学院を目指しているからです。

「理論なき実践は盲目であり、実践なき理論は空虚である」は神学を発端にする有名な言葉であり、私も常に頭にありますが、この言葉に通じるものがあります。

私自身も29歳で社会人大学院に進みましたが、「学ぶことってなんて面白いのだろう。」と感じたのは、実はこのときからでした。 誰かに強制されたり、試験や資格などのためではなく、問題意識を持って自発的に進学したからだと思います。
大学院では自分の問題意識を解決する面白さ、そして何よりも先人達のさまざまな研究にふれるたびに驚愕しました。自分の問題意識や体験が、すでに体系化され整理されている!
・・・素晴らしい研究に触れたときは、頭ではなく心が震えることも知りました。

また、「知識は力なり。」とはベーコンの言葉ですが、知識を得ることは最初からの試行錯誤をスキップし、先人達の肩からジャンプスタートすることだと思います。
勿論、イチローのバッティングを理論的に研究しても、イチローと同じバッティングができるわけではありませんから、知識だけあってもそれが力になるわけではありません。自分なりに試してみること、体験を通じて自分なりの思索を発展させることで、はじめて知識は力になるだと思います。日々の実践と思索が大事なのかもしれません。

「思索なき生活は盲目である。生活なき思索は空虚である。」       (淡野安太郎『哲学思想史』より)
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