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回覧板をみていたら、台紙にいろいろな記念日が載っていました。
例えば、3月19日はミュージックの日、5月30日はごみゼロの日、6月10日は時の記念日。

ふんふんと見ていると・・7月20日はハンバーガーの日とありました。元海上保安官としては、7月20日は「海の日」(今はハッピーマンデーとになり、今年は7月16日ですが)。 どんな語呂合わせかしら?

ハンバーガーといえば、マクドナルドの戦略が浮かびます。
100円マック、最近は低価格も売り上げ向上には繋がっていないようですが、有名なのが「12歳までにハンバーガーを口にさせる」という戦略。
これは、“12歳までに口にしたものは一生馴染みができる”らしく、その子が大人になっても口にし、また、お母さんになったら子供を連れてくる。そして連れてこられた子がまた味を覚える・・・という循環が続いていくというもの。
そのために子供を連れてきやすいための遊具、キャラクター、おまけなどを用意しています。
この考え方はとても有名で、経営学の本や、NHKでも10年近く前にアメリカの食肉政策の特集で取り上げられていました。

その戦略を「ずるーい」と言った学生がいました。
確かに、その気持ちもわからないでもありませんが、商品を購入してもらうための、「今だけ販売」「数量限定」とどこが違うのかしら。
勿論、うそや誇大広告は論外ですが。
ハンバーガーのお国柄、罠をしかけて動物を獲るという狩猟民族と農耕民族の違いからきているかもしれません。

みんなでやりくりした水を田んぼに引いて育てていく、調和型の農耕民族の考えの方が好きですが、だからといってズルイわけでもないように思います。
「ものを売るための正解の一つ」ですし、「文化」といえるかもしれません。良い悪いだけで判断するのではなく、相手の考えかたや戦略を知った上で、どうするかが大事だと感じます。

加えて、情報には伝え手の意図が加わります。
例えば、マクドナルドの戦略も番組を通して批判の対象になるように伝えることも出来るし、その逆もできます。

まずは「情報を知ること」、次に「その背景や意図を考えること」
言ってしまえば簡単だけど、これが難し~い
疑うのではなく、「この背景は何?」「この情報の意図は?」と、考えるというよりも感覚を拡げて情報に接するだけでも、少しは違うように思います。



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先週は新しいプロジェクトがスタートしたり、研究会で新しい方とのご縁を頂いたりと、動きのある日々でした。1週間ぶりの更新になりました。

まずは、先週、友人のビジネスマンSさんから聞いたお話から。

日本一にもなったことがある、ある大学のアメフト部に、新人部員として入部したSさん。ある日部室に入っていくと、4回生がボール磨きをしていました。それを見たSさんが「雑用は自分がやります。」と言ったところ・・・・・ 「これは俺達の仕事だよ。自分達は好きで続けてきたんだから、やって当然なんだよ。まだ、このスポーツが好きかどうかもわからない新人部員がやることはないんだよ。君達はまず、このスポーツの面白さを味わってくれ。そして、4回生になったら、同じようにやってくれ。」という答えが返ってきたとのこと。

雑用といえば、一般的には新人の仕事のひとつで、コピー、資料作成、会議の予約、飲み会の設定など、ちょっと考えると誰でもできそうなこと。でも、雑用ってつまらないものなのでしょうか?

今日、お昼ご飯の支度をしながら“雑用”について考えていたら、「雑用って家事に似てるかも。」と思いました。

実は私は家事が大好きです。
料理、家のしつらえをしていると、気持ちが落着きます。
また、仕事で家を空けることも多いので、家事はダンナさまへの無言のメッセージやコミュニケーションにもなっています。

雑用も家事も会社や家庭のコミュニケーション。
逆に雑用や家事ををみれば、その会社や家庭がわかる?
誰でもできることかもしれませんが、逆に仕上がりに差がでるもの。

気配り、目配り、心配りがポイント。何よりも雑用ひとつでも愛があるかないかで、仕上がりに差が生まれ、人はその見えない部分をもキャッチしているかもしれません。

大学院では自由な時間もあったので、易や風水を先生について学びました。

高校卒業前、“潤子ちゃん、にっこり笑って巡視船船長にダッシュ”と全国紙に突然自分の顔が載っている現実に、「運命ってあるの?私、なんだか波みたいなものに乗っちゃったの?」と不思議な感じがしました。そのときの謎を解く・・・ということで、易を勉強したのです。今でこそ、易も風水も高視聴率番組ですが、15年前は知る人ぞ知る世界、結構気合をいれて勉強(はまったという状態ですね)したので、母親は密かに心配していたとか。

さて、易には「命(めい)の幅を活かす」という言葉がありました。この意味は、「易のさまざまな情報は、その人が本来持っている命(いのちの個性や資質)を最大限に活かすためにある」ということです。

性格判断も職業の適性も、自分の持って生まれた資質を知ることによって、適材適所で働くことができる。それは本人のためにも世の中のためになる。
運気の判断も、今年の運気が、例えばあまり良くない場合、予め知ることによって備えることができる(大難を小難にする)。 結果、予期せぬことで慌てずエネルギーのロスが少ないので、余ったエネルギーを世の中にために使うことができる・・・これが、命の幅を活かすということで、当たるとか当たらないという使い方ではなく、自分を知る情報のひとつなのですね~。

この言葉に出会ってから、「自分を活かすためには?」という視点が、キャリアを考えるときに加わりました。自分のやりたいことを中心にして、これまでの経験、資質、得意なことを掘り起こして活用しています。人生、活かし切って楽しく生きた~い。

易を学んだ身ですが、今は、よほどのことがない限り自分の運気を出したりはしません。「今日は○○だから、○○はできない」「今日は○○をするのに良い日」なんて外の情報にはまりすぎたら、する・しない、できた・できないで一喜一憂し、却って不自由だからです。

易を学ぶ中で、自然の運気のリズムを感じる基礎力とカンは養えたので、それで十分だと思っています。

海上保安庁では、「夫婦喧嘩したときは、出航前までに必ず仲直りしてから航海に出ること」という不文律の教え(?)がありました。

人は何か面白くないことや引っかかることがあると、自分で気にしていないようでもどこかに影響がでるもの。部下や仲間の言葉や態度に、いつも以上に怒ったり、過剰に反応したり、自分でもやる気がでなかったりする・・・自分の心の環境整備という意味がありました。

その後、特殊救難隊(とくしゅきゅうなんたい)のメンバーと食事をしていたときのこと。
特殊救難隊とは非常に困難な状況でも人を救助するトレーニングを受けたプロフェッショナル集団で、いわば海猿中の海猿。
かれらも、夫婦喧嘩はできるだけ早く仲直りするし、出動待機日は必ず仲直りしてから向かうという話になりました。そして、さらりと次の言葉に続きました。
「この言葉が仮に最後になっても後悔しないようにしているんです。」

勿論、彼らはプロ中のプロですから、自分の命と引き換えになるような無謀なことはしませんが、常に危険と隣り合わせのなかで何があるのか解らないも事実。

しかし、このことは私たちに置換えても、実は同じことかもしれません。「いってきまーす」と家を出て、「ただいま」と元気に帰る予定ですが、何の保障があるわけでもない。もっと言えば、明日目が覚めるかもわからない、ことにもなりますね。

それ以来、「目の前の人との今の時間、別れ際のひとことを大切にすること」をこころがけ、習慣にしています。

今朝も駅まで車で送ってくれたダンナさまに、「ありがとう」で別れ、気分よく大学に来ています。
目下のチャレンジは、たまに会う母親と別れ際にハグ(軽い抱擁)をすることです。少し恥ずかしいし、「この子、どうしたのかしら。(悩みでもあるのかしら。)」と思われそうで、できていません。
近いうちに、トライしてみるつもりです。

家庭にある電化製品の待機電力で、ウォシュレットに代表される洗浄便座器は高いもののひとつ。(1日あたりの待機電力はパソコンの4倍強という試算も。)
90年代には、経済産業省が電力不足を招く商品として喚起を呼びかけていましたね。しかし、ウォシュレットの登場は、世の中の痔主さんを随分幸せにしただろうし、今は節電タイプの商品も開発され随分と軽減されているようです。

トイレットペーパーの使用量も、ダブルとシングルによって、使用長さにあまり差がない・・・シングルだから多く使うというわけではないようです。しかし、トイレットパーパーは、シングル・ダブル、やわらかさ、柄、香りなど、人それぞれに好みがあるもの。

ウォシュレットもトイレットペーパーも、自分の心の環境やリラックスから考えることも大事。

今度は、腸内環境から考えてみると・・・
腸が健康な状態では、ウンチがトイレットペーパーにほとんどつかないらしい。(確かに、思い当たるような気も。)そうなると、ウォシュレットもいらないかな。

つまり、腸内環境を整えることは、トイレから環境負荷を少なくできるようです。

私にとって気になるのは、冷房の温度です。
電車・新幹線、レストラン、デパート、会議室など、冷えすぎる~。
スカーフ持参で防御していますが、もう少し、設定温度を上げてもらえないかしら。男性のネクタイ・背広に合わせているのかな。設定温度を1~2度上げるだけで、消費電力も減ると思うのにな。

東洋医学の先生からお聞きしたのですが、冷えすぎると感じる人は体が健康らしく、感じない人は少しバランスを崩している場合もあるそうです。事実、数年前まで、好んで冷風の下に座っていたうちのダンナさまは、体のケアをはじめるようになった今では服装は変わらないのに、「なんで世の中、こんなに冷房がきついの?」と言っています。快がわかると不快がわかる。

私達が健康でいることが地球環境にやさしいことへとつながるかもしれませんね。

2人の馬の競走は、こんな続きでした。
「その説明を聞くや否や、1人の人は相手の馬に飛び乗りゴールに向かって走らせた。」

えーっ、自分の馬じゃないの!? 確かに、遅くゴールした方の馬としかない。自分の馬に乗ってと思い込むことで答えはその中でしか探せない・・・それがハビチャル・ドメイン。

この本には、自分のハビチャル・ドメインの発見方法やその拡げ方なども書いてありました。漢詩や太極拳の写真もあり、一休さんのトンチ、禅の思想、東洋的な要素が入っている意思決定の本でした。

私の指導教授が、著者であるYu教授と大変親しく、日本語版を出すべくいくつかの出版社に打診したのですが、結局、見送られました。全面的にお手伝いすることになっていたので、とても残念でした。
Yu教授は中国系のアメリカ人で、静かな(泰然とした)な方です。先生のところでPh.D(ドクターの学位)を目指す学生は「1日100回、笑うこと」を推奨されるのです。そうすれば、自ずとPh.Dは取れるから、と。

マスターのときの指導教授も、思いっきり数学を使うオペレーションズ・リサーチの大家でしたが、「マーフィーの法則」を大変評価しておられました。

何かを考えるとき、データを分析したり、できるだけ情報を集めて答えをさがそうとしますが、禅に代表されるように自分の内側の叡智やイマジネーションの大切さと力強さについて、今、改めて考えています。
「考えるということは、本来、創造的なこと、右脳の世界から始まるもの」だと、私は思っています。

“Habitual Domains" あー、読みたくなってきた。
マイ書庫にあるので探し出して、また、近いうちにアップします。
ハビチャル・ドメインの拡げ方を、私も実践したい。
日本語版を出せれば、いいな~。

明日は、東京です。富士山見えるかな。




今日、1冊の本のことを思い出しました。それは今から10年近く前、大学院で意思決定を研究しているときに出会った“Habitual Domains”という本。日本語では「習慣的な領域論」で、私たちが日常習慣的にしている思考の枠組みについての本でした。

「小さな鎖に繋がれた大きな象」のイラストがあったような。子象の時代に鎖で繋がれる。子象は鎖から逃げようと何度もトライするけれど、力が足りず逃げられない。その結果、鎖を壊して逃げられるほど大きな象になっても逃げようとしない。それが、ハビチャル・ドメインということでした。習慣の罠ですね。

もうひとつ、印象に残っているお話(2人の馬の競走)。
それぞれ、自分の馬を持っている2人。「馬に乗って走らせ、遅くゴールした方に大金を与える」というレース。さて、あなただったらどうしますか? 後ろ向きに走る? その場所で馬にステップを踏ませる?

続きは、明日。



6月3日から、マヤ暦では新しいサイクル(260日)がスタートするそうです。
その流れにあわせてウェブサイトとブログを始めました。

マヤ暦を研究しているお友達によれば、6月2日までは「次のスタートに向けた準備や浄化」とのこと。その意味は知らなかったのですが、「いずれ、そのうちに」と思っていたウェブサイトを最後のタイミングで作り終えました。そういえば、今年の干支の猪も十二支の最後。新しい年を迎えるお正月のような気分で少しどきどきしています。

ブログのタイトルの錬金術とは、「古代エジプトに起こり、アラビアを経てヨーロッパに伝わった化学技術」のことで、銅や鉛を金や銀に変えた技術のことで、不老不死の薬や賢者の石(ハリーポッター?)も錬金術だとか。つまり、元のモノとは全く違うものや、想像をはるかに超えたモノを生み出すこと。

仕事を通じて知識や情報を伝える機会が多いのですが、それによって、人が輝きを増したり素敵に変わっていくお手伝いができればと思っています。同時に私の人生も輝くような錬金術師でありたいという思いをこめてつけました。

たくさんの人に見てもらいたいような、少し恥ずかしいような・・・。
でも、自分でも楽しみです。







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